親の面倒をみるというのには色々なカタチがありますね。
・仕事を辞めて自分中心で家でみる。
・仕事は辞めずにヘルパーさんなどを入れながら家でみる。
・一緒には住まずに行けるときに様子を見にいく。
・兄弟やお嫁さんに託す。
・施設に預けて様子を見に行く。などなど。
その方たちの状態や金銭を含めた家庭の状況など、いろんなことから“それぞれの介護”の流れが決まります。
ワタシはどの選択も自分たちにとっていいと思える選択が正解だと思っています。
「家で過ごすことが本人の幸せ」と在宅へ在宅へと制度は変わってきました。
でもそれは他人が決めることじゃないのにな…なんて。
確かにお家で子どもさんに介護をしてもらいながら幸せに暮らしている家庭も沢山あります。
もちろんそれもステキ。
施設に預けているお家。それもステキなカタチだとワタシは思うんです。
子どもは子どもとして、
自分が今頑張るべきことをやりながら、時々その頑張りも含めて元気な自分を見せに行く。
親はその姿をみて安心する。
施設に入れることに対して、自分がみずに預けてしまったと罪悪感をもつ人も多いですが…
その気持ちはずっと引きずらなくていい。
だってその選択は間違ってないと思うから。
行けるときに施設に足を運び、顔を見せて親子としての時間を過ごす。
それもいい選択だと思います。
とにかく、各家庭ごとに選べる状況があることが大事。
・金銭的な問題で入りたくても入れない。
・空きがなくて入れない。
・認知症を発症しているのに介護度が低くて入れない。
そういう人がまだ沢山いるのも現状です。
特養などの施設は、
空き待ちの人が何百人もいる地域があれば、空き部屋が多くて施設側から営業にまわらなくてはいけない地域もある。
残念ながら制度が追いついていない部分や、うまく機能していない部分があって、もったいないなと感じるばかりです。
家でみるのもいい。
施設でみるのもいい。
選べるのがいい。
ワタシもウダウダとグチを言いながらも、今の選択でよかった。そう思って過ごしています。
どうか、自分たちの思いとは違う生活しか選べず、毎日がしんどい…そんなお家が減りますように。
ヒ